続々手帳ってなに?
昨日、一昨日と手帳について僕の考えの一端を披露した。しかし、昨日の続きだが理想と現実とはいつも一致するとは思えない。
手帳を「時間」という誰もが「管理」出来ないことを「管理する」という無謀な企てを辞めて、24時間をどう自分の生き方に使うか、ということを考えて手帳を使う、ということを僕は言った。
昨日、一昨日と手帳について僕の考えの一端を披露した。しかし、昨日の続きだが理想と現実とはいつも一致するとは思えない。
手帳を「時間」という誰もが「管理」出来ないことを「管理する」という無謀な企てを辞めて、24時間をどう自分の生き方に使うか、ということを考えて手帳を使う、ということを僕は言った。
手帳を使ってて何が気持ちが良いかというと、僕の場合はこれまでの僕が生きてきたことを客観的に、あるいは他人事のように見られることが面白い。
僕は日記もつけている(僕の日記については後日、ご報告する)。でも、日記は不平、不満、喜び、感激など日々の感情が主になってしまうことが多い。僕はその他に「何を食べ、何を飲んだか」も書いている。つまり全くのプライベートの記録(といえるかどうか分からないが)であって、今の世界のうねりの中で何をしてきたか、何をしなかったかということが「手帳」を見ることによって分かる。そして、その上に立って今後どう生きていけばいいかを考える。
毎年のことだが、今頃になると来年の手帳をどうしようかと悩む。もっともその「悩み」は嫌ではないのだが。
僕のほしい手帳は、
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羽田から新千歳空港に10時半ごろついて、12時過ぎに今夜泊まるホテルのバスで夕張に向かう。その間、毎日新聞の記者が夕張の現状、その歴史などかなり詳しく、しかも要点だけきわめて明快に解説・説明してくれる。現役記者でこんなに地元のことを知っている記者に会うのは久しぶりだ。まだまだ若い記者の仕事がいっぱいあるとつくずく思う。
それにつけても僕の地元に対する知識のなさが悲しい。
夕張は人がいない。
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