続々手帳ってなに?
昨日、一昨日と手帳について僕の考えの一端を披露した。しかし、昨日の続きだが理想と現実とはいつも一致するとは思えない。
手帳を「時間」という誰もが「管理」出来ないことを「管理する」という無謀な企てを辞めて、24時間をどう自分の生き方に使うか、ということを考えて手帳を使う、ということを僕は言った。
昨日、一昨日と手帳について僕の考えの一端を披露した。しかし、昨日の続きだが理想と現実とはいつも一致するとは思えない。
手帳を「時間」という誰もが「管理」出来ないことを「管理する」という無謀な企てを辞めて、24時間をどう自分の生き方に使うか、ということを考えて手帳を使う、ということを僕は言った。
手帳を使ってて何が気持ちが良いかというと、僕の場合はこれまでの僕が生きてきたことを客観的に、あるいは他人事のように見られることが面白い。
僕は日記もつけている(僕の日記については後日、ご報告する)。でも、日記は不平、不満、喜び、感激など日々の感情が主になってしまうことが多い。僕はその他に「何を食べ、何を飲んだか」も書いている。つまり全くのプライベートの記録(といえるかどうか分からないが)であって、今の世界のうねりの中で何をしてきたか、何をしなかったかということが「手帳」を見ることによって分かる。そして、その上に立って今後どう生きていけばいいかを考える。
毎年のことだが、今頃になると来年の手帳をどうしようかと悩む。もっともその「悩み」は嫌ではないのだが。
僕のほしい手帳は、
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